出発の朝
2025年 夏休みを利用し
以前からずっと行きたかった場所
宮城県石巻市 震災遺構 石巻市大川小学校を訪ねました

前日までは仙台市内で観光し
8月14日は朝早く仙台駅を出発しました。
大川小学校のある石巻市釜谷地区は
なかなか交通の便の悪いところで
車のある人は問題ないのですが
私みたいな人間はある程度近くまでJRで行き
そこから平日限定の地元住民用バスを使っていく方法のみとなります
大川小学校とは
石巻市立大川小学校は
創立145年(2018年閉校)の歴史ある小学校
2011年3月11日の東日本大震災の津波で
生徒職員併せて121名中84名が犠牲となった場所であります。
もちろん東日本大震災では多くの犠牲者がありましたが
学校管理下における児童の犠牲は
大川小学校が突出して多いことになります。

また、後述する避難方法をめぐり、遺族が石巻市を訴えることになりました。
2021年 震災遺構として建物を公開開始。
交通
今回はJR仙台駅からJR東北本線で小牛田駅(こごた)まで行き
JR石巻線に乗り換え鹿又駅(かのまた)へ行き
鹿又駅から雄勝(おがつ)地区住民バスを使い約25分
「釜谷入口」(かまやいりぐち)で下車します。
仙台からJR仙石線を使い石巻駅経由で鹿又駅に行くことも可能です。
自動車の場合は仙台から有料道路を使って1時間半
石巻からでも30分程度掛かります
雄勝地区住民バス
https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10053500/bus/Ogatsusen_20240401.pdf
鹿又駅


無人駅の鹿又駅
きれいな外観です。
駅前には商店らしき建物はありません。
道も細く、かなり密集した住宅地でした。

雄勝地区住民バス(平日限定)
乗車したのは我々家族だけでした。
暑いので車内で休んでいてくださいと
やさしい声をかけてくれた運転手さん
ありがとうございました。
北上川沿いの道

鹿又駅を出発、道の駅上品の郷を経由
しばらくすると車窓には川幅が広く、水量が多い
北上川が見えます。
土手を除いた川幅は50mもあり
本当に大きく、ゆっくり静かに流れている印象でした。
土手沿いの道には高い堤防なども無く
川と道路の高低差もあまり感じませんでした。
後から聞いたところ堤防は元々低く
震災の津波の後、少しだけ高くしたようです。
それでもほとんどフラットな状態にしか見えません。
釜谷口三角地帯

約30分ほど乗車し
釜谷入口(かまやいりぐち)というバス停で降ります。
この釜谷集落は東日本大震災の津波で
壊滅的な被害があったため
震災後しばらくは廃止されていたバス停です。
バスを降りると左手に新北上大橋が掛かっており
右側の道を少し歩くと大川小学校が見えます
後ほど説明しますが
この場所が「三角地帯」と呼ばれる場所です。

三角地帯から見た大川小学校
小学校より少し標高が高くなっているのがわかります。
この風景を見て
のどかな田園風景に
小学校がポツンと立っているのかと
錯覚してしまいますが
震災前は約100世帯、300人が暮らす
この地域の中心的な場所でした
釜谷集落には
小学校、中学校、郵便局、警察の駐在所、書道教室、食料品店などもがありました。
震災遺構大川小学校

震災遺構 石巻市大川小学校の入り口
震災で破壊された門の一部が
かつての正門の場所に置かれてます。
今回は津波で被害を受けた建物を中心に見ていきます。
教室

校舎は中に入ることはできませんが
近くまで寄って見ることは可能です。
こちらは小学1、2年生用の低層階校舎とアッセンブリホール
円形の校舎で外壁は赤レンガ風のタイル
1980年代に建てられた校舎としては
とてもモダンな建物です

低層階の教室は元々はパーティションで分けられるようになっていたようです。
グラウンド

グラウンドから見た校舎
左が先ほどの低層階教室、右側が3年から6年生の2階建て校舎となります
この校舎に屋上はありません
地面に埋められた敷石は
当時の運動会のトラックを再現した形になっているそうです。
体育館までの渡り廊下

校舎2階と体育館を繋いでいた渡り廊下
新北上川大橋側からの第三波の津波で押し倒されたようです。
渡り廊下はガラスで覆われた近未来的なデザインでした
体育館

体育館の舞台と左右の舞台袖の階段跡
体育館はコンクリート部分だけを残し
壁や屋根はすべて流されてしまいました。

ごく普通にある小中学校の体育館でしたが
津波でこのような状態となりました

体育館跡地にも有志によって植えられたひまわりが咲いてました。
そのひまわりにカラスアゲハが止まってます。
野外ステージ

野外ステージの外壁には
卒業生が描いたアート作品があります

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」のイラストとともに
以下の名文が書かれています
「世界が全体に幸せにならないうちは、個人の幸せはありえない」
語り継ぐ対象となってしまったこの建物たちを
個の問題としてではなく
社会全体の問題として語り継いでいく必要があると言われているような気がします

全校生徒が座れる階段状になっている座席
どこの部分かわかりませんが
波上のコンクリートが折れてます
屋外プール

屋外プール

建築物としてはただの平たいプールも
この通りボロボロに壊した津波の力は恐ろしい
これら建物以外にも
屋根付きの相撲の土俵がありましたが
津波によって跡形もなく壊されてしまいました。
つづく。
リンク
石巻市震災遺構大川小学校
https://www.ishinomakiikou.net/okawa/
大川竹あかり
https://www.ookawatakeakari.jp/denshou
※震災前の大川小学校の写真が掲載されています
道の駅 上品の郷(じょうぼんのさと)
https://joubon.com/