広島 被ばく建築訪問 その1

出張で初めて訪れた広島。

元々古い建物を見るのが好きだったので

休みの日に被爆建造物を見て歩くことにした。

数万人を殺し、広島という町を一瞬で破壊した原爆でも

壊れなかった建物が多く存在する。

まずは広島城(廣島城 別名鯉城)

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爆心地から数百メートルのところにあり

戦時中は軍の司令部があったため

原爆の標的にされたという話もある

百名城スタンプを押す。

被爆した植物

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近くに原爆が落ちても生き続けた

80年経った今も生命の尊さをまざまざと見せつけている。

死神でも世界の破壊者でも壊せなかったものは

やはり生命なのである。

原爆ドームへ

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原爆ドームから橋を渡るとレストハウスという名称の建物がある

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戦時中は燃料会館という名称

現在1階は観光案内所と休憩所となっている。

爆心地から170メートルという近さの

この建物には地下室があり、

ここで奇跡的に1人だけ生き残った方が居る

この方は1982年まで生きたという。

地上階も修復はしているがほぼ当時のまま

しかし地下室だけは修復もせず当時のまま保存されており

1階の観光案内所に見学の申し出をすれば見ることができます。

地下室が見学できるという情報はネットで見つけていたが(Wikipedia)

見学は特別な日だけなのかと思ったが

念のため1階の観光案内所で聞いてみたところ

観光案内所の女性は「見学者はめったに来ないんですよ。めずらしいですね」と言ってました。

ここで少し嫌な予感がしたのですが

建物裏まで案内され、先ほど閉ざされていた扉のカギを開け中へ通されました

左手には2階3階へ通じる階段

奥にはヘルメットが重ねられています。

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地下での注意事項を聞きました。

もちろん地下でも説明してくれるんだろうと思ってましたが

係りの人は一言・・・。

「じゃあここからはお一人でどうぞ」

やっぱり!!やっぱりそうだよね!

地下の密室で男女が1人ずつ・・・。

んなわけないと思ってました。

さっき言ってたもんね。あまり人が来ないって!!

来るわけないよ。めちゃ怖いもん。

ビビりだした途端、

「終わったら先ほどの案内書まで来てください」と事務的な言葉だけ残して

係員さんさっさと退散。

地下室の扉をあけると

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もうすごい。ヤバイ。

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水道管だかガス管だかもうグチャグチャ、

なかなか足が進まない

1人でコンクリートが朽ち果てた階段を下りる。

階段下りて左に地下室、

地下室の右手は立ち入り禁止

もうこっちもグチャグチャボロボロ!

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俺の精神も崩壊寸前。

奥にあるのは人形に見えるけど

水道管か何かに千羽鶴とか掛けてあるだけ

人形に見えた時、歩みを止めてしばらく画像解析してました。

問題ないようだったので近づくことができました。

そのあとはもうただひたすらお祈りしました。

けどがんばって写真撮りました。

階段を上がったころにはもうすっかり平和主義者へ変貌。
川を挟んで見える原爆ドームがやけにきれいに見えました。

修学旅行で見るのはこっちの地下室だよ。

今まで建物保存してくれてありがとう。

地下室はボロボロだったけど

原爆落ちた時は町全体が同じ状態だったんだね。

みなさんも広島いったらぜひ行ってみて下さい。

修学旅行の時、沖縄のひめゆり隊が逃げ込んだ洞窟(ガラビ壕)に行ったことがあるけど

あれも普通修学旅行では行かない。

けどやっぱりこういう所は足を運んで見とくべき。

ただの写真や説明書きではわからないことが一瞬でわかる。これが体験ってもんなんだ。

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